企業の広報・マーケティング担当者であれば、自社の海外向け会社案内や製品パンフレット、動画やパネルなど欧文での販促物を制作する機会も少なくないと思います。では、貴社のグローバル向け媒体が、ネイティブ(ここでは特に英語話者)の目にどう映っているか意識したことはあるでしょうか。
「翻訳はプロに頼んだから完璧なはずだ」「海外法人の人間に見てもらったから安心だ」――もしそうお考えなら、少し立ち止まっていただく必要があるかもしれません。実は、内容(テキスト)が正しくても、その「見せ方(デザイン・組版)」が日本流のままだと、海外の顧客には「どこか偽物っぽい」「信頼性に欠ける」というネガティブな印象を与えてしまうリスクがあるのです。
今回は、日本企業のPR媒体の英語版の制作などを手掛けてきたデザイナーの視点から、英語話者に違和感なく読んでもらい、海外でのブランドの信頼性を高めるための「英語媒体づくりの極意」をお伝えします。
日本語フォントの英数字は、英語話者には違和感だらけ?
最も多く見受けられる失敗は、日本語フォントに含まれる英数字(従属欧文)をそのまま英語媒体に使ってしまうことです。
多くの日本語フォントの従属欧文は、あくまで日本語の文章の中に馴染むように設計されています。例えば「2026年」や「近年のSNS施策」といった日本語の中に組み込んだときに悪目立ちしないことを優先しています。フォントによっては、英数字は等幅(monospace)が従属していることもあります(MSゴシックなど)。日本語の文章(とくに長文)は、1文字1文字が「正方形の枠」に収まることを基本とし、「文字の上辺と下辺」が揃ったうえで、漢字とその他(ひらがな、カタカナ、記号類)の濃淡でリズムを刻むことで、読みやすさやわかりやすさを演出しているのです。
しかし、英語ネイティブが読みやすいと感じる文章は、これとは明確に異なります。
幅の多様性:「大文字のMやW」「数字の0や8」は広く、「小文字のiやj」「数字の1」は狭いといったように、文字ごとに最適な幅を持っています。
上下のリズム:小文字の「o」や「x」の高さ(エックスハイト)を基本とした際、小文字の「h」や「k」、大文字のような上方向への飛び出しや、小文字の「g」や「y」のように下方向への突き出しが、非常に重要な要素です。
日本語話者が日本語文を読む際に濃淡を無意識に活用するように(この文章を読んでいるあなたも、無意識に「濃い漢字」と「薄いひらがな」を選別してスピーディな理解に役立てています)、英語話者は上下左右のリズムをスムーズな読解に活用していると言われています。従属欧文の多くは、この上下左右の変動が少ないことで「のっぺり」した印象を与えます。これはスムーズな読解を妨げ、どこか「怪しげなコピー製品の説明文」のような、クオリティの低さを感じさせる原因になってしまうのです。
プロポーショナルフォントでは不自然さは解決しない
「プロポーショナルフォント(MSPゴシックなど)を使えば大丈夫」という声もよく聞きますが、実はそれだけでは不十分です。
プロポーショナルフォントは文字の「横幅」こそ調整されていますが、前述した「上下のリズム」や、欧文特有の骨格までは再現できていません。また古いフォントは、昔のコンピュータの処理能力に合わせて簡略化されていることも多く、現代の高品質なディスプレイや印刷物では表現力不足が露呈します。
現代で通用する英語媒体を作るなら、「現代基準」で「欧文専用」のフォントを選択することが、信頼を勝ち取るための第一歩です。
「日本語のレイアウト」に英語を流し込む危うさ
次に注意したいのが、レイアウトの設計です。よくあるのが「日本語版のレイアウトが完成してから中身を英語に差し替える」という手法ですが、これは制作現場に大きな無理を生じさせるリスクがあるだけでなく、読者の視点に立っても注意が必要です。
翻訳すると約1.5倍に文字数が膨らむ:日本語を英語に翻訳すると、文字数(専有面積)は一般的に約1.5〜2倍に膨らみます。同じ面積に無理やり収めようとして、文字幅を無理に圧縮(長体処理)したり、フォントサイズを極端に小さくしたりするのは厳禁です。ターゲットが50代の経営層なのに、スペースの都合で極小の文字サイズにしてしまえば、読んですらもらえません。
文字が間延びするジャスティファイ処理:複数行ある文章で、行の長さを合わせようとする場合、日本語は「文字と文字の間」を開けて揃えますが、英語では基本的にこれを行いません。英語組版では「単語間のスペース(ワードスペース)」で調整したり、適切に「ハイフネーション(単語をハイフンで区切って行をまたぐ)」を行ったりするのがルールです。英語話者は、上下左右のリズムとともに、単語ごとの塊感によっても、語を判断するからです(たとえば、「Type」は「先頭に重心の高い直線的な文字がきて、その次に斜めで構成された文字が下に突き出し、その次は丸っこく下に突き出し、最後は丸っこい文字で終わる単語=Type」と一瞬で認識し、わざわざ「ティー・ワイ・ピー・イー…タイプか」とはならない)。また、ハイフネーションにも厳格なルールが存在します。
一方、日本語の組版設定を残したままで英語を組むと、文字間が間延びしてしまったり変な箇所で改行が入ったりと、英語話者には非常に読みづらい印象を与える恐れがあります。読んでもらえないならまだしも、「わざと」読みづらい文章にしているんじゃないかという疑念を抱かせるのは、大きなリスクとなります。
「行長」による日本語と英語の可読性の違い: 組版上の行長(行の長さ)にも注意が必要です。日本語だと、10文字程度でも十分に読むことができます(たとえば新聞では1行あたり12文字程度です)。しかし英語で同じ幅だと2、3単語程度分になってしまい、読むに堪えません。なので、日本語のレイアウトそのままで、英語版に置換する際には注意が必要です。日本語だとA4縦で2段組のほうが明らかに読みやすいですが、英語版にする際には1段に組みなおしたほうがいいか、判断が必要です。
記号の使い方一つでも、細部に宿る「本物感」
違和感なく読んでもらえるためには、細かい部分の工夫も大切です。
アポストロフィーやクォーテーションマーク:現代で主流的な英語組版では、「曲線型」の字形(serif書体では「6」や「9」のような形のもの)を使います。タイプライター時代の名残である「直線型」=垂直な「’」や「”」は、あくまで代用品に過ぎません。さらにクォーテーションマークは言語ごとに正しいとされる字形が異なることにも注意が必要です。
太字や大文字の使い方:文章中では太字にするよりもイタリック体(斜体)のほうが、英語話者の目に止まります(ちょうどよい目立ち具合です)。またロゴが全部大文字(例:STARBUCKS)だからといって、本文中でも同じようにしたり、目立たせたいからといって文章全体を大文字(ALL CAPS)にするのは避けましょう。これらの日本人的な感覚での「工夫」は、英語話者にとっては「邪魔」となるケースがあります。
多言語への配慮:今回は英語を中心に見ていますが、ハイフネーションの位置やダイアクリティカルマーク(フランス語のアキュートやドイツ語のウムラウトなど)の有無など、言語ごとの明確なルールをちゃんと表現できるかも、各語のネイティブからの信頼を得るためには必要です。
日本語版をそのまま翻訳するだけでは不十分
文章構造そのものも「直訳」ではわかりづらいと言われます。日本語は主語を省略しがちですが、そのまま英語にすると「誰が何をしたのか」が不明瞭な文章になりがちです。
では、どうすれば「自然で信頼される英語媒体」が作れるのでしょうか? 私が推奨するのは、「英語への翻訳を前提とした日本語原稿」から作り始めるプロセスです。
1. 翻訳用日本語文の作成:日本語文の完成後に改めて、英語にした時の構造(主語を明確にする、論理構成を整えるなど)を意識し日本語を書くことで、翻訳の質が劇的に上がります。
2. スペースの事前確保:英語は1.5〜2倍に伸びることを想定し、最初からゆとりのあるレイアウトを設計します。図版の構造や写真も、必要であればターゲットに合わせて作り直す・選び直すのが理想です。
3. 専門的なチェック:単なる「外国人による確認」ではなく、組版ルールや記号の使い分けまで理解し、デザイン的な違和感も指摘できるプロのネイティブチェックを経て、ようやく「本物」と言える媒体が完成します。
英語版・PR媒体「クオリティ診断」チェックリスト
お手元に、貴社が現在使用している英語版の会社案内やパンフレットはありますか? 以下のチェックリストを使って、客観的に「診断」してみてください。もし「あ、これは当てはまるかも……」と思う箇所があれば、それは貴社のブランドをさらに磨き上げるチャンスです。
□ 日本語フォントに含まれる英数字をそのまま使っている
(欧文特有の「上下左右のリズム」がなく、のっぺりした「怪しげなコピー製品」のような印象を与えていませんか?)
□ スペースに収めるために、文字の幅をギュッと圧縮(長体)している
(欧文デザインにおいて、文字の形を後から歪めるのは厳禁です。クオリティの低さを露呈させていませんか?)
□ 行の長さを揃えるために、単語内の文字と文字の間に隙間が開いている
(英語は「単語間のスペース」で調整するのが鉄則です。スカスカで読みづらい文章になっていませんか?)
□ ハイフネーションが機能していない、または不自然な位置で改行されている
(厳格なルールを無視した改行は、読者に「わざと読みづらくしている」という疑念を抱かせかねません)
□ 日本語版と同じ「狭いカラム(段組)」に、そのまま英語を流し込んでいる
(1行に2〜3単語しか入らないようなレイアウトは、英語話者には「読むに堪えない」ものです)
□ 垂直な「’」「”」を使用している
(現代の文脈では、本来の「曲線型」を使うのが正しいとされ、「直線型」はDumb(マヌケ)と評されています)
□ 強調したい箇所を、安易に「太字」や「大文字(ALL CAPS)」にしている
(英語話者にとってはかえって「邪魔」に感じられ、ブランドの品格を損ねる恐れがあります)
□ 主語が曖昧な「日本語文の構造」をそのまま直訳している
(「誰が何をしたか」が瞬時に伝わらない文章は、どれほど優れた製品であっても誠実さを欠いて見えてしまいます)
最後に
せっかく優れた製品やサービスを持っていても、それを伝える媒体が「雑」であれば、ブランドそのものが疑われてしまいます。逆に、欧文組版への深い理解をベースにした美しい媒体は、それだけで貴社のプロフェッショナリズムと誠実さを雄弁に物語ってくれます。
現地法人など海外拠点を持つグローバル企業であれば、直接現地の制作会社や広告代理店に依頼することも容易ですが、日本から海外に向けて発信する必要のある企業の場合、コミュニケーションや製造品質の問題もあり、成果物が意図しない形になってしまうリスクもあるでしょう。英語媒体の特性を理解している国内の制作会社に依頼するのが、一番の近道といえるかもしれません。